Gedinne駅前の標識 (JPEG 54.4KB)
AmsterdamからGedinne、そしてBouillonへ

アムステルダムを出たのは午後5時すぎ。
ユトレヒトあたりで渋滞にひっかかったため
's-Hertogenbosch〜Eindhoven〜Maastricht…と
オランダのアウトバーン[A2]を飛ばしに飛ばしたのだが
LiegeからNamurを通り
Gedinneに着いたときは午後9時をまわっていた。

4時間あまりの激走の末、ようやく
ミシュランの『1cm to 1km』地図にも出ていない
ベルギー南部の小さな街に
わざわざアムステルダムから駆けつけたのに
非情にも、そこの駅前のペンション&レストラン
『Jacoby』は休業日だった。

中に人の気配はあったし
頼めば、食事はできなくても
泊めてもらうことくらいできただろうが
そういうのは好きじゃないので
ヤコビーでの食事はまたの機会にして他を探すことにした。

橋の右手がホテル。 (JPEG 47.5KB)
アテはあった。
以前、ゲディーンへ来たときに通った
ブイヨン(Bouillon)の街だ。
現存する中ではベルギー最古の城跡があるこの街は
山の中でU字形に屈曲した
スモワ(Semois)川に囲まれた城塞を中心に
そのまわりに開けた街である。

Geddineから約25km走ってBouillonに着き
古めかしい橋を渡ったところに、小さな広場があった。
そして、その広場に面した一角に
古式ゆかしいホテルが建っていた。
丘の上の城跡を望む河畔に建つHotel de la Posteだ。
☆の数はともかく、ロケーションと名前からして
この街で最も由緒あるホテルの一つに違いない。

クルマを停め、中に入って値段を聞くと
1泊朝食付きで、川側の部屋が2,800ベルジャンフラン
山側が2,500ベルジャンフランとのこと。
部屋を見せてもらうまでもなく
ここに泊まって川側を選ばないテはない。

創業は250年以上前。(JPEG 52.1KB)
レセプションの横には
在りし日の栄華をしのばせるレストランがあったが
残念ながら午後9時がラストオーダーで
食事はできなかった。
出てきたギャルソンに、近くにレストランはないかと聞くと
川向こうに1軒、街外れに1軒
遅くまでやってるところがあるが
それでも急がないと間に合わないかもしれないという。

おなかがすいていたのを思い出したボクは
部屋のキーを持ったままあわててクルマに乗り込み
街外れのイタリアンレストランへと急いだ。
イタリアンとはいえ
そこはフランス国境に近いベルギーの田舎。
内外装ともにフランスの影響が感じられる。

そこでボクが頼んだのは
最近、イタメシ屋で必ず頼むトマト&モツァレラチーズ。
以前のプロシュート con メローネに代わって
ナントカの一つ覚えみたいになっている
イタリアンの典型的前菜である。

窓から下流側を見る。(JPEG 49.3KB)
ポモドーロ&モツァレラといえば
スライスしたトマトとモツァレラチーズの
盛り合わせと相場は決まっている。
ところが、しばらく待って出てきたのは
トマトの上にチーズを乗せて焼いた料理だった。
これは珍しい。イタリアでは未経験だが、なかなかイケる。

次に頼んだのはペンネ・ナントカ・フンヂ。
キノコを意味するイタリア語のフンギは
フランスではフンヂ(Funzi)になるらしい。

食べる時間が遅すぎたからか
前菜とスパゲティーだけで
おなかがいっぱいになったのでホテルに戻った。
ハーフボトルとはいえ、ワインを1本空けていたので
クルマから部屋までの荷物の運搬は
けっこう辛い作業だった。

で、カンジンの部屋はというと…。
それはもう、外観にふさわしい
クラシックムードにあふれるものだった。

上と同アングルの夜景 (JPEG 21.5KB)
フローリングなんて洒落た言葉より
昔の小学校みたいといったほうがいい木張りの床。
立派な洋服箪笥と腰高の木製ベッド。

窓の外には、スモワ川の静まり返った川面に
光を落とすナトリウムランプと
川向こうの町並みに覆い被さるような
ライトアップされた城跡が見える。

そして、これらの古さと対象的な
まばゆいばかりの照明に照らされた
純白のタイル張りのバスルーム。
部屋に入って数分で、早くも
1泊だけでは惜しい気になった。

レセプションでもらった案内書によると、創業は1730年。
おそらく、丘の上の城跡が城だった頃からずっと
この街にやってくる旅人や商人を泊めてきたのだろう。
窓から夜景の写真を撮り
明日は絶対早起きして、ゆっくり朝食を食べようと
固く決心して眠りについた。

ライトアップされた城跡 (JPEG 23.7KB)
小雨煙る中、城塞を見学に

Hotel de la Poste の朝食は
期待どおりの食事室に用意されていた。
レストランとは別の、パーティーなどに使えそうな
天井の高い大広間といえばいいだろうか。
内装も調度品も食器も、使い込まれた年代を感じさせるものだった。

メニューは典型的なコンチネンタルブレックファスト。
スライスした数種類の肉類とチーズの他
茹で卵、パン、ジャム、コーヒー、シリアルなどが
壁際の細長いテーブルに載っている。
客のほとんどは、ボクと同世代のカップルまたは子供連れ。
みんなけっこうラフな格好なので安心した。

朝食を終え、部屋で荷作りをしながら、この日の作戦を練る。
翌日中にドイツのニュルブルク近辺に行かねばならないので
この日はフランクフルトあたりに泊まったほうがいい。
だが、ブイヨンからフランクフルトまでは
半日もあれば着くから
そんなに急いで出発する必要はない。

レリーフの観光案内板 (JPEG 52.3KB)
そんなことを考えながら
荷物をまとめて1階に降り、チェックアウトした。
ホテルの玄関に飾られたゼラニウムとブルースターと
何だかわからない黄色い花の寄せ植えが
雲の合間からのぞいた久しぶりの太陽に照らし出されていた。
そんな花やホテルの写真を撮りながら
また来ようと思いつつ、Hotel de la Poste を後にした。

本来なら、ホテルを出てすぐ
ルクセンブルクに向かうはずだったのだが
500メートルほどスモワ川沿いの道を走っただけで
早くも当初の予定を変更することになった。

次に来たときの参考に、と
そこで見つけたツーリストインフォメーションに入り
この街の観光資料をもらったのがいけなかった。
見ているうちに、丘の上の城跡に行ってみたくなったのだ。

城跡への道は簡単だった。
ホテルの対岸の町並みの裏側に
丘を登ってゆく道があったからだ。

山が迫る下流側 (JPEG 36.5KB)
クルマで行ける一番高いところまで行くと砂利敷きの駐車場があり
木立ちに囲まれた1軒のレストランと
城跡へと続く小径があった。
ベルジャンフランを持っていなかったので
受け付けのおばちゃんに「Nomary NO!」と言われながら
何とかオランダギルダーで入場料を払い、中に入る。

遠くから見ると、ただ丘の上に城跡が見えるだけだが
入ってみると、その下には、縦横に地下通路が掘られている。
歩きながら、ローマの地下墓地を思い出した。
迷路のような地下通路をくぐり抜けて表に出ると
急に空が暗くなり、雨が降り出した。6月末とは思えない寒さ。
他の観光客もみんな屋根のあるところに避難して
雨が上がるのを待っている。

砲台跡と思しき城壁の隙間から見ると
まわりの山の斜面に点在する、白い壁と黒い屋根の民家や
雨に濡れて黒く光るアスファルトの路面、川沿いの草地などが
谷間に溜まった霧に煙って
古い時代の水彩画のような趣を感じさせる。
このけしきには、確かに、20世紀末らしさを感じさせるものがない。

新しい街のある上流側 (JPEG 38.8KB)
しばらく雨宿りをしていると小降りになったので
城壁の先端に行ってみた。
三方を川に囲まれた城跡の、残る一方を向いた
丘のピークに位置する部分だ。
そこは明らかに、外敵を監視し
必要とあれば攻撃できる構造になっている。
城壁の足元には、丘の稜線と直角に
幅5メートルくらいの深い溝が掘られ
この丘を前方の山から切り離している。

これほど大がかりな城塞を築いてまで
丘の背後の、U字型にカーブする川に囲まれた
わずかな広さの街を守ったのはなぜだろう…?
珍しく、朝から旧跡めぐりをしたボクは
そんなことを考えながら城跡を後にし
昼前にブイヨンの街に別れを告げた。
またいつか、ゆっくり訪れたい街のひとつである。

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