空気の心地良さを教えてくれた ヨーロッパの夏の過ごしかた
(ライディングスポーツ 95年11月号)

                          
 SUGOのスーパーバイク世界選手権からの帰り、クル
マの中で夜を明かした。東北道から首都高に入って、レイ
ンボーブリッジを渡ったところにある芝浦パーキングエリ
アまで走り、そこで寝た。翌日、都内で予定があったので
最初はホテルに泊まろうと思っていたが、途中の渋滞やら
何やらで午前様になってしまい、断念したのだ。    
 久しぶりの車中泊は、思ったより快適だった。気象台の
発表では連続真夏日の記録を更新中だったが、夜明けの芝
浦パーキングエリアは涼しかった。高架橋の中段にあって
東京湾からの風が通り抜けるからだろう。鋼板とコンクリ
ートに囲まれたパーキングエリアで思いがけず秋の気配を
見つけたボクは、窓を全開にして寝た。        
 他に2台、運転者が仮眠をとっているクルマがあった。
どちらも窓は全閉でエンジンをかけたまま。つまりエアコ
ンをかけっぱなしなのだ。見ていて腹が立った。1人の人
間とわずかな量の空気を冷却するためだけに2リットル前
後の排気量のエンジンをアイドリングさせるのは、あまり
にも無駄が多いからだ。腹を立てると同時に悲しくもなっ
た。自然な空気の良さに気付かず、それを大切にしようと
いう気持ちを持たない人間の多さを思い出したからだ。 
 話は急に84年のヨーロッパに飛ぶ。福田照男GPチーム
の一員として転戦していた途中、オーストリアとドイツの
国境でパスポートチェックとマシンの通関のために停車し
たときのことだ。積んでいるマシンを見せろと言われ、リ
アゲートを開けるために運転席のドアを開けて降りようと
した途端、税関職員の手が伸びてきてエンジンを切ったの
である。うるさいし、第一、停車しているのにエンジンを
かけておくのは無駄だというのだ。          
 この点に関してドイツ人は徹底している。フランクフル
トの街中には、長時間の信号待ちの間にエンジンを切るよ
うに指示する信号機がある。長時間といっても2〜3分だ
が、それでもエンジンをアイドリングさせておくのは、彼
らにとっては無駄以外の何物でもないのだ。工事中で片側
交互通行の信号待ちのときやアウトバーン上の渋滞の中な
どでも、彼らは実にまめにエンジンを切っている。   
 それだけではない。乗り場で客待ちをしているタクシー
にもエンジンを切っているものが多い。ドイツに限らず、
西ヨーロッパのどこでも同じだ。イタリアのボローニャの
空港では、待機場から乗り場までの十数メートルを、2〜
3人のドライバーが協力して人力でタクシーを転がしてく
る。彼らが日本に来て、高速道路のサービスエリアの惨状
を見たら、まず鼻と口を覆い、次に怒り出すだろう。  
 夏のヨーロッパでは、人はよく戸外に繰り出す。街角や
観光地のカフェテラスは賑わい、各地のオーケストラの野
外コンサートや野外オペラには人が集まり、公園や森や川
べりには、朝早くから夜遅くまで散歩の人影が絶えない。
サーキットのパドックでは毎晩どこかのチームがバーベキ
ューをしているし、テント持参の観客のほとんどは1日3
食を外で食べ、夜も外でビールを飲んで騒いでいる。  
 短い夏の間、湿度が低く、温度も日本の真夏より低くす
ごしやすい空気を楽しむように、まさにあの手この手で、
人々は外で何かをしようとする。あるいは建物や乗物の中
に新鮮な空気を採り入れようとする。自然な空気の心地良
さを知り、それを楽しむために努力をしているからこそ、
それを大切にする気持ちが生まれるのだろう。     
 不幸にして、日本列島を覆う夏の空気は高温・多湿であ
る。ヨーロッパの人々と同じ夏のすごしかたをするには無
理がある。しかし、ヨーロッパの夏と同じくらい短いとは
いえ、春と秋には、温度・湿度とも、ヨーロッパの夏に負
けないくらい、屋外ですごすのに快適な期間がある。  
 サントリーの缶コーヒー・BOSSのCFに、長野県の
とある観光地の旅館経営者がクレームをつけたそうだ。矢
沢永吉に「夏だからって、どこか行こうっていうのやめま
せんか…」と言わせたあのCFだ。          
 サントリーの肩を持つわけではないが、クソ暑い時期に
青息吐息・汗ダラダラの思いで芋の子を洗うような観光地
に出かけるのではなく、気候のいい春や秋に、一日でいい
から平日に休んで、広尾のカフェ・デ・プレや奈良のたか
ばたけ茶論などで昼前のひとときをすごしてみれば、自然
な空気の心地良さに気付くはずだし、それを大切にしよう
という気持ちも生まれるんじゃないかと思う。     
 もし、あなたがレースをしていれば、これからの季節、
トランポに椅子とテーブル(代用品でもOK)を積んでお
いてほしい。もちろん、外で食事をし、自然な空気を心ゆ
くまで味わうためだ。トライアルセクションは言うにおよ
ばず、モトクロスコースやサーキットは、都会よりもはる
かに自然な空気に満ちているのだから。        
                          


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