10 中央高地をゆく


ホテルから延々と下った道が湖面に達するあたりに
観光バスが何台も停まっていた。
脇を見ると、湖岸の林の中に、風格のあるホテルが見えた。
ホテルの背後には、かなり大きな遊覧船が停泊している。
この一帯は、ボクが考えていた以上に
人気のある観光地だったらしい。
湖にかかる橋を二つ渡ると対岸に出た。
急に写真を撮りたくなった。


橋を2つ渡ったところから
対岸に停泊する遊覧船を望む。
右側に見えるのはSNCF
(フランス国鉄)の鉄橋で
エッフェル塔と同じ
グスターフ・エッフェルの設計。


道端にクルマを停め
カメラをぶら下げて湖畔の道を歩いていると
同じようにカメラをぶら下げた観光客が何人もいた。
いい歳したオヤジが多い。
そのうちのひとりが林の中でキノコを見つけたとかで
子供のようにはしゃいでいる。
見せてもらうと
ウズラのタマゴ大の真っ白なキノコだった。
写真を撮り終え、先に進もうとして道に不安を感じた。
このまま進んでいいのかどうか…?

さっきの橋の上まで引き返し、工事をしていたオヤジに聞いた。
ミシュランの地図帳を見せると、オヤジは困ったような顔をした。
見開きの端から端までで400kmもある地図じゃ、話にならない。
で、聞きかたを変えた。道の前方を指差して
同じ指で地図上の地名を指差してみた。
これはオヤジにも通じた。
指差した地名は“CHAUDES-AIGUES”
オヤジの発音だと“ショッドアイゲス”である。
ここで早くも、針路は予定のルートを外れようとしていた。


地方道[D13]を走り出して間もなく
Faverolles村にさしかかった。
道端にある標識に
“Chaudes-Aigues”の文字があった。


ショッドアイゲスにむかう道は素晴らしかった。
牧草地の中をゆるやかに起伏しながら続く、プラタナスの並木道。
ときおり抜ける小さな村には、どこにも中心に教会があり
その近くにカフェバーや八百屋さん、ガソリンスタンドなどがある。
このあたりのゼラニウムは、ほとんどが濃い朱色。
壁にバラを這わした家も多い。
石垣に生える名も知らぬ花や
ガソリンスタンド脇の空き地に放置されている
ポンプの写真を撮ったりしながら
大好きなフランスの田舎道を、ゆっくりゆっくりドライブした。


ガソリンスタンド跡と思しき
空き地にあった旧式のポンプ。
昔は日本にもこんな形のがあったけど
この色は、やはりフランスならでは。
メーターの目盛りはリットル表示。
ここはメートル法発祥の国である。


1時間ほどでショッドアイゲスに着いた。
フランス語で“熱い”は“CHAUD”である。
山の中で“CHAUD”とくれば温泉に違いない。
思った通り、ショッドアイゲスは小さな湯治場だった。

小川に沿って細長く伸びる街並みの
真ん中あたりに広場があった。
道沿いの1軒の家がトンネルになっていて
そこをくぐると中庭みたいな広場に出る。
大きさは30メートル四方くらいだった。

真ん中が駐車場になっていたので、そこにクルマを停めた。
広場を見下ろすように
三色旗をはためかせた立派な郵便局が建っていた。


広場に面した立派な郵便局。
反対側には土産物屋、パン屋
八百屋などがあり
郵便局の隣にはカフェバーがあった。
初夏の昼下がりの
時間の流れが止まったような
ひとときだった。


下のほうには何軒かカフェバーがあった。
そのひとつの表に並んだ椅子に座り、コーヒーを注文した。
まったく英語は通じなかったが意志は通じた。

ゆっくりとコーヒーを飲んでから
向かい側にあるみやげもの屋で絵葉書を買った。
ここの郵便局から誰かに出そうと思ったのだ。
でも、住所は全部コンピュータの中にあるので
面倒になって、やめにした。

時計を見ると、午後3時をまわっている。
ヤバい。バルセロナまで、まだ400km以上ある。
クルマに乗ったボクは
それまでのペースがウソのように飛ばしだした。


ショッドアイゲスからは
[D921]をEspalionまで行き
Lot川にかかる橋のたもとで
けしきに見とれた後
[D988]、[N88]、[A68]を通り
エアバス・インダストリーの本拠地
トゥールーズへ向かった。


ロデス、アルビを通過し
トゥールーズからオートルートに乗った。
道端の標識には
[AUTOROUTE DES DEUX-MERS]と書かれている。
二つの海ってのは
大西洋と地中海を結ぶ道だからだろう。
右手に見えるのはピレネーの山々に違いない。
ここはもう、イベリア半島の付け根なのだ。