43 まぶしいオーストリアの朝


暗くなるまでの間
部屋でコンピュータに向かい
少しでも旅行記が実際の時間の流れに追いつくよう
頑張って作文にはげんだ。
こんなのは、家にいるより旅先でのほうが
ノリがあって書きやすいし、書いてて楽しい。
“さて、そろそろ出かけるか”と、準備をしようとして
オーストリア・シリングも米ドルも
お姉さんと遊ぶのに十分な
持ち合わせがないことに気がついた。(^_^;
3年前に聞いたとき、ミニマム100US$って言ってたからなぁ…。

仕方がないのでTVを見ながら荷物の整理を始めたら
また眠たくなった。
寝たいときに寝られるってのもシアワセの一種だ!
次に目が覚めたら午前1時だった。
開けっ放しの窓から入る風は冷たく
窓から見えるウィーンの森は真っ黒だった。
ミニバーのビールを飲んでたら、また眠気が襲ってきた。

次に目が覚めたら、あたりは明るくなっていた。
時計を見ると、朝の8時だった。朝食だっ!
ノヴォテルの朝食はとても良い。
食べるものがふんだんにあって、それらが整然と並んでいる。
ふんだんにあるといっても、高い食べ物、珍しい食べ物はなく
ただ、どこにでもあるようなシリアルとかバターとかジャムなど
日持ちするものが山積みしてあって
パンとかハム、チーズなどは、種類は多いが数はそんなに多くない。
明るく清潔で、高級感はないがリッチな雰囲気は演出されている。
ウマいやりかただと思う。

ボクは、もちろんカイザーゼンメル!
それに、薄切りのハムとチーズだ。
コーヒーは、ウェイトレスのお姉さんに頼めば
ポットで持ってきてくれる。

大きな窓越しに庭のほうに目を移すと
早くもひとっ走り終えて帰ってきたマウンテンバイカーや
森に沿った小径をジョギングする人
ベンチに座ってコーヒーを飲みながら
仕事の打ち合わせをするビジネスマンなどが
初夏のオーストリアの、朝の陽射しと空気に包まれて
なぜだかとっても輝いて見えた。

ゆっくり朝食をとったボクは、部屋に戻って旅じたくをした。
さすがにもう、眠くなかった。
したくが完了してから、またファイルを2個アップし
正午を10分ほど過ぎてからチェックアウトした。
今日は、ここからフランクフルトまで
約700kmの移動が待っている。


ウィーンから西へは
アウトバーン[A1-E60]が
ザルツブルクまで通じている。
オーストリアの
最重要幹線道路[A1]は
そのほとんどの区間が森の中。
リンツ周辺で、わずかに
ドナウ川沿いに開けた平地を走る。


駐車場から出、目の前のロータリーをぐるっとまわり
森の中をしばらく走ると[Westautobahn A1]だ。
ウィーンの森の中を走るこの区間は
西から延びてきたアウトバーンが
市街地の手前で終わっているため、交通量は少ない。
うっそうと繁る森の中をゆるやかなカーブで抜けると
[Wiener Auszenringautobahn A21]と合流する。

[A21]は、森を避けて南に迂回し
[Suedautobahn A2]や[Ostautobahn A4]
さらには[Suedost-Tangente A23]を経て
[Donauufer-Autobahn A22]などにつながっているため
この合流をすぎると急に交通量が増える。

ドナウ右岸の丘陵地を縫うようにして走る
ウィーン〜リンツ間の[A1]は
そのほとんどが森の中といった感じ。
以前は、この道端のいたるところで
東欧ナンバーの車が行き倒れていたのだが
今回は1台も見当たらなかった。
西側のアウトバーンの(想像を超えていた)実態がわかったのと
東側のクルマの性能が上がったからではないだろうか。


東西の『壁』崩壊直後は
[A1]を走っていると
こんなのにもしょっちゅう
お目にかかった。
ビークルIDが(CS)だから
チェコスロヴァキアから
やってきたのだろう。
残念ながら、ボクには
車種や年式はわからない。


リンツまでの区間を
流れに乗って130〜150km/hくらいで走りながら
ボクはフランクフルトまでの所要時間を計算していた。