44 リンツ〜パッサウ(1)


Wさんのフランクフルト到着は午後9時15分。
迎えに行くボクは、ウィーンを出て9時間後に
フランクフルトに着けばいいわけだ。
区間距離は700kmちょっと。
しかしボクは、この期に及んで
大好きなオーストリア滞在時間少しでも引き延ばそうと
あれこれ策を練った。

“昼メシを30分程度で済ませて…”
“晩メシはWさんと会ってからにして…”
“空港でWさんが出てくるのに30分かかるとして…”
“ボクの到着リミットは9時45分だな…”

助手席のシートに広げたミシュランの地図帳に手を当て
ドイツ側の国境の町・パッサウ(Passau)までの距離を測ってみた。
1cmが10kmだから
手のひらをいっぱいに広げて、だいたい200kmだ。
ウィーン〜パッサウ間は260〜270km程度あった。


[A1]から[A7]に乗り換えて
リンツ市内を通過し
ドナウの北岸に出たところで
アウトバーンを降り
一般道で再びドナウを渡り
南岸に出た。
一般道[129]号線は
ここからしばらく川沿いを走る。


“ということは、パッサウ〜フランクフルト間は400km少々か…”
“全開で3時間を切るな…”
“9時45分の3時間前は…? と
6時45分か…。このあたりが限界だろうな…”
ずいぶんいい加減な計算だが
ヨーロッパでは、今までずっとこんな感じでやってきて
失敗したことは一度しかない。(^_^;

“仮にボクが事故や渋滞に巻き込まれても…”
“Wさんだってオトナだから大丈夫さ…”
“待ちきれずにどこかに泊まるんだったら…”
“空港にメッセージを残すか
日本の編集部に電話しといてくれるだろう”

ミシュランの地図を見ると
リンツからパッサウまで
ドナウ河畔の道がおいしそうだった。
リンツの南で[A1]から外れたボクは
市内を突っ切る[A7]に乗って北に向かい
ドナウを渡ったところで一般道に降りた。
そして、ちょっと西にある橋を渡って南岸に戻った。
ここからパッサウまで、ドナウの南岸に沿って走りたかったのだ。

走りだしてすぐ
この道を選んで正解だと思った。
このあたりのドナウは
ウィーンやブダペストで見た大河とは違う。
山に挟まれた狭い土地を横切る中級河川だ。
しかし、水量は豊かで、道を走りながらでも
すぐそこに川面が見える。

両岸には、山との間の細長い敷地に沿って
三角屋根を持った4〜5階建ての
ガストホッフやレストランが現われたりする。
建物はみな、灰色、茶色、カラシ色の
どれかで塗られていて、原色と寒色はない。


リンツのすぐ西の
川沿いに走る129号線から見た
ドナウと北岸の街並み。
天気が悪く、写真もマズいが
1984年に撮ったものなので
お許しのほどを…。


一般道・129号線を西に向かって走り続けると
左側に迫っていた山がなくなると同時に
ドナウは右手の林の中に姿を消した。
エフェルディング(Eferding)から130号線に入って
なおもドナウに沿って走る。
遠くの山の稜線も、土地の起伏も
道の曲がり具合も、すべてがゆるやか。
舗装は地表を這うようにして伸び
道端には、名も知らぬ草が白や黄色の花を咲かせている。

ところどころに現われる小さな街の中心には、必ず教会があり
その近くにガストホッフやレストランがある。
このあたりのガストホッフやレストランの建物は
リンツ付近のドナウ沿いにあったものとは建てかたが違う。

チロルでよく見るような木造建築が増えてきているのだ。
高さや屋根の向き、回廊の有無などの特徴も異なっている。
あっちが平地的だとすると、こっちは山地的なのだろう。
都会と田舎の違いなのかもしれない。


川沿いから離れ
なおも西に向かうと
このような、回廊を持った
方形の木造建築が増える。


色とりどりの花で飾られたガストホッフを見ていると
泊まりたくなってくる。
そのときのために、めぼしいものを地図にマークして先に進む。
このあたりを運転するボクの目に映っていたのは
自分が今まで見た中で最も心安らぐ景色だった。