『吉村誠也のTOOL BOX』 オートメカニック・95年5月号

 古い話で恐縮だが、1978年から87
年までの10年間、私はオートバイの
ロードレースのメカニックをしてい
た。プライベートチームでの手伝い
に始まり、世界GPを経験し、最後
はメーカー系のワークスマシンを担
当してメカニック生活を終えた。 
 その間に、もちろん、何度も整備
ミスをしている。幸い、私のミスが
原因で転倒してケガをしたライダー
はいないが、決勝でスタートできな
かったことが1回あるほか、貴重な
予選の時間を無駄にしたり、あわや
転倒という危ない目には何度か遭遇
している。           
 仕事ではないが、自分のクルマや
オートバイの整備は、昔も今もほと
んど自分でしている。そして、あま
り自慢できることではないが、自分
のクルマやオートバイに関しては、
少なくともメカニックを始めてから
は整備ミスの経験がない。仕事とし
てやっていた整備と比べると、内容
は簡単だし、時間も短いのは確かだ
が、それだけが理由ではない。  
 まず考えられるのは、時間に余裕
があることだ。予選の開始や決勝の
スタートに追われることはないし、
客がしびれを切らして待ってるわけ
でもない。嫌だったり時間がなかっ
たりすれば、人に任せることもでき
る。自分で整備をするのは、時間の
余裕と、それを楽しむ心の余裕があ
るときに限られる。もちろん、設備

や工具など、自分の整備環境を考え
て、できないことはしない。   
 時間に余裕があるから、工具や整
備用品などが足りなければ、整備を
中断してそれらを買ったり借りたり
しに行くこともできる。中断するの
がイヤで、間に合わせの工具や用品
で作業し、仮に失敗しても、人に迷
惑をかけることは少ない。    
 メカニック時代の私は、今よりも
ずっとマメに自分のオートバイやク
ルマを整備していた。端から見ると
同じような整備でも、プレッシャー
がなく、気分的にまったく違う自分
のマシンの整備は、最も手軽にでき
る息抜きだったのである。    
 不まじめなヤツだと思われそうだ
が、ま、そういう経験をしながら気
がついたのは、プレッシャーという
のが、整備ミスを引き起こすひとつ
の大きな原因だということだった。
 これはライダーやドライバーにも
当てはまるのではないかと思う。ギ
リギリまでブレーキングを遅らせて
必死でタイムアタックをしていると
きと、そこまでリスクを冒さずに気
持ち良く走っているときのタイムが
あまり変わらなかったりするのだ。
 先にも書いたように、職業メカニ
ックにさまざまなプレッシャーがあ
るように、サンデーメカニックにも
実はプレッシャーがある。整備専用
のスペースがあればいいが、そうで
はなく、1回の整備が終われば片付

けなければならないような場合は、
サンデーメカニックといえどもある
程度は時間との戦いを強いられる。
 青空整備の場合は、夕方になると
暗くなって、ただでさえ気持ちがあ
せるのに加え、物が見辛くなってよ
けいに気持ちがイライラする。暗が
りでの整備ほどイヤなものはない。
十分な明るさの照明がないときは、
暗くなる前にさっさと切り上げるこ
とが大切だ。          
 照明に関しては、いくら明るくて
も、光源がひとつしかないのは良く
ない。スポットライトは、当たって
いるところと当たっていないところ
の明るさが違いすぎ、目の疲れと気
持ちの焦燥を招く。こんな環境では
誰でも整備ミスを犯しやすくなる。
 整備を始める前に考えてほしい。
これからしようとする整備に、いっ
たいどれほどの時間がかかるかを。
そして、最初に考えたよりも早くで
きたことがあったかどうかも。オー
トバイやクルマの整備なんて、頭で
考えるより、実際にやってみたほう
が、はるかに時間がかかるものだ。
 使える時間が4時間あったとして、
準備や片付け、遅れや休憩を考える
と、2時間程度でできそうな作業を
して、ちょうどいいくらいだ。気持
ちの余裕は、どんなに優れた工具よ
りも大事な、整備のために欠かせな
い条件なのである。       
                


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