『吉村誠也のTOOL BOX』 オートメカニック・95年6月号

 深い穴の奥にある、小ネジ、ボル
ト、ナット、クリップ、スパークプ
ラグなどの脱着には、それらを緩め
たり締めたりするための工具とは別
に、持ち上げたり降ろしたりするた
めの工具がほしくなる。ナットや短
いボルトを穴の奥に降ろし、これか
ら締めようとするときなら、棒など
を突っ込んで転がしていれば、その
うち何かのはずみでオネジとメネジ
がうまく噛み合うかもしれないが、
それだって時間の無駄だし、持ち上
げようとすると、ただの棒ではどう
にもならない。         
 こういった場合、誰もがまず考え
るのは磁石の利用だ。磁石で吸着で
きる材質のものに限られるが、幸い
一般的なクルマに使われているネジ
類のほとんどは磁石で持ち上げるこ
とができる。あまり大きなものやU
字型をしたものはおすすめできない
が、小型の棒状の磁石を1本持って
いると、緩めたネジを持ち上げたり
狭い隙間に落としたパーツを拾った
り、細かなパーツをなくさないよう
に保管するなど、いろんな使いかた
ができて便利だ。        
 もちろん、深い穴の奥にあるネジ
類を持ち上げたり落としたパーツを
拾ったりするために作られた工具も
ある。マグネットハンドなどと呼ば
れているのがそれで、スプリング状
のフレキシブルな柄の先に棒状磁石
がついている。狭い場所で使いやす
い太さになっているため、あまり重
いものを持ち上げることはできない
が、エンジンの中に誤ってボルトを
落としたような場合、これがなけれ
ば分解して取り出さなければならな
いかも知れず、何時間ものロスをな
くす救いの神的存在である。   

 磁石を応用した工具には他に、磁
石を組み込んだスパークプラグレン
チや、スクリュードライバーを磁化
したり消磁したりする工具がある。
スパークプラグレンチのほうは、ボ
ックスタイプの穴の内壁にリング状
の磁石があって、プラグの金属部分
を吸着するため、これ1個でプラグ
を緩めてプラグを持ち上げたり、降
ろして締めたりできる便利なもの。
これを使いだすと、他のプラグレン
チを使う気にはならない。    
 ドライバーの磁化・消磁器は、マ
グネタイザーという商品名で売られ
ている。オレンジ色をした樹脂のボ
ディーに磁石が組み込まれており、
長方形の穴が2個開いている。片方
の穴にドライバーの柄を差し込んで
抜くだけで磁化され、もう一方の穴
に差し込んで抜けば消磁できる。ネ
ジ類を持ち上げたり降ろしたりする
場合には磁化されていたほうがいい
が、それ以外は磁化されていると使
いにくいもの。マグネタイザーの良
さは、必要なときには一瞬にして磁
化させることができ、使い終われば
消磁できることだ。       
 磁石以外にも、ネジ類やパーツを
持ち上げたり降ろしたりするための
工夫はある。小ネジ用のドライバー
に限られるが、柄の先端にマジック
ハンドのような爪を取り付け、ドラ
イバーに差し込んだ小ネジの頭を外
側から包み込むようにして落ちない
ようにするものがある。操作がわず
らわしいのと耐久性に問題があるの
が欠点だが、次に紹介するドライバ
ーが+ネジにしか使えないのに対し
て、これはどんなリセス(工具とは
め合わせるために頭に設けられた凹
み)形状のネジにも応用できる。 

 +ネジの場合は、元々、リセス形
状とドライバーの先端形状が異なっ
ている(リセスよりもドライバー先
端のほうが大きめに作られている)
ことからもわかるように、正しい形
状のリセスとドライバーを組み合わ
せれば、両者がクサビのように噛み
合い、持ち上げたり降ろしたりでき
るはずなのだ。しかし、実際に作業
をしてみればわかるように、リセス
にドライバーを押し込んでネジを持
ち上げられるのは、よほどラッキー
な場合に限られる。       
 ところが、これをラッキーではな
く、当たり前のことにしたドライバ
ーがある。先端のリセスと噛み合う
部分に横方向に縞のように溝を加工
したもの(フィリップスの特許)や、
ダイアモンドの粉末をコーティング
したもの(ドイツのヴェラの特許)
などがそれだ。もちろん、いくら小
細工をしたところで、先端の加工精
度が低かったり材質が悪かったので
は話にならないが、それらの条件を
満たしたうえで滑り止め加工が施さ
れたドライバーは、リセスに押し込
んだときに、まるで吸い付くように
フィットし、そのままドライバーを
持ち上げると、ネジがぶら下がって
いるのである。         
 溝加工されたものは、主にインパ
クトレンチやエアーツール用のチッ
プに見られ、ドライバー単体として
は入手できなかったが、最近になっ
てプロトが商品化した。ダイアモン
ドコーティングされたものは、特許
を持つドイツのヴェラが商品化して
いる。機会があれば、ぜひ、+ネジ
のリセスに押し込んで、その便利さ
を体験してみてほしい。     
                


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