8耐の清涼剤だった、平/サロン組の完走・24位
(ライディングスポーツ 96年10月号)

                         
  7月28日午前11時05分。8耐のスタートを20分後 
 に控えて、ボクは最も最終コーナー寄りのピット前 
 にいた。グリッドにはすでにマシンが並んでいる。 
 観客席側にスタートライダー、プラットフォーム側 
 にペアライダーが並び、選手紹介が始まった。   
  遠く1コーナー寄りのグリッドにはワークスチー 
 ム関係者やメカニック、キャンギャルらが集まって 
 いる。カメラマンやTVクルーたちも、有名選手が 
 並ぶ15番手あたりまでのグリッドに群がり、スター 
 ト前の彼らの表情を追っている。         
  だが、目の前の50番グリッドあたりには、そんな 
 喧騒とはほど遠い、静かな、地方選手権のような光 
 景が広がっていた。コースの向こう側にはマールボ 
 ロカラーのツナギを着た平選手が立ち、こちら側に 
 は、サングラスをし、キャップをかぶったクリスチ 
 ャン・サロンがメカニックと談笑している。    
  すでに気温は十分に高く、路面の照り返しも強い 
 のに、この2人にはまるで熱気が感じられず、何だ 
 かすがすがしいのだ。超有名ライダーがいながら、 
 それとは別のところが盛り上がっているという非現 
 実性が熱気のなさの原因で、平選手のピカピカのツ 
 ナギとサロンの真っ白なポロシャツが、夕涼みのよ 
 うなすがすがしさを感じさせたのかもしれない。  
  11時13分頃。ようやく選手紹介が50番台に入る。 
 「そして54番手には……」という声に続いて、みし 
 奈アナウンサーが「平忠彦、クリスチャン・サロン 
 組……」と言い終わるや否や、突然スタンドに拍手 
 と歓声が響きわたった。その音量はトップグループ 
 よりも大きかった。みんな待っていたのだ。    
  スタートを見送ったボクはプレスルームに戻り、 
 TVの映像とタイムを見ながら、必要に応じてピッ 
 トの観察に行く態勢に入った。そして、下りて行く 
 たびに、平/サロン組のピットを覗いた。     
  彼らのピットもまた、2人のライダーと同じく、 
 他とはまったく違う雰囲気に満ちていた。悪い意味 
 ではなく、何となく場違いなのだ。間違って悪ガキ 
 どもの遊びに加わった優等生のような感じなのだ。 
 8耐仕様TRX850の開発を担当したのが、レー 
 ス部門とは違い市販車グループの面々で、ピットク 
 ルーは社内で公募したメンバーのため、サーキット 
 ずれしていないからかもしれない。        
  ピット作業だって、2人のライダーの走りと同じ 
 で、速くはない代わり、とてもていねいだ。それで 
 も1時間目に52位、2時間目に41位、以後1時間ご 
 とに38位、31位、29位、26位、26位と順位を上げて 
 8時間を走りきり、トップから12周遅れの202周 
 でチェッカーを受けた。             
  表彰式の後、しばらくして平/サロン組のピット 
 を訪ねたら、ヘルパーの女の子が2人、となりのピ 
 ットの青木のオヤジに水をかけられてびしょびしょ 
 になっていた。ああ、やっぱりサーキットずれして 
 いないな。8耐のチェッカー後に青木のオヤジに近 
 くにいるなんて、どうぞ好きにしてくださいと言っ 
 てるようなモンだ。でも、2人とも、とてもうれし 
 そうだったのが印象的だった。          
  傍らで、真っ赤な目をしながら、静かに完走の喜 
 びをかみしめていたメカニックに聞くと「初めて満 
 タンで走ったらカウリングが接地して、あわてて対 
 策したのでサイティングラップを走れなかった」の 
 だそうだ。まるでノービスだ。でも、エンジンやフ 
 レームの耐久性に関しては、さまざまなテストと解 
 析の結果、絶対の自信を持っていたという。さすが 
 は市販車開発チームだ。             
  美しいフォームで淡々と走る平/サロン組と、そ 
 の走りを支えた市販車グループのスタッフたち、そ 
 してこのプロジェクトを実現させたマールボロとヤ 
 マハにとって、みんなが楽しみながら得た結果は、 
 ワークス体制での優勝とはまた違った価値のある完 
 走・24位である。予選後に「まったく、人生ってす 
 ばらしいね!」と言ったサロンの言葉どおりの8耐 
 となったのだ。                 
                         


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