32 クロアチア飲んだくれツアー(3)


ちょっと酔っぱらっていたが
クルマの運転は大丈夫だった。
ところが、教会の前から出発し、街外れの坂を下った途端
渋滞にひっかかった。

ボクの前には10台くらいのクルマがいる。
あたりは真っ暗で、何が起ったのかよくわからない。
日曜の夜に道路工事なんてあり得ないし
きっと、大型のバスとかトラックなんかが
対向車と離合できずに停まっているのだろうと思った。
だが、5分待っても10分待っても
前の車が動きだす気配はない。

クルマから降りて原因を探りに行こうとしたのは
ボクが最初だった。
ドイツ人やイタリア人だったら
1分も停まればクルマを降りるのに
ここのクロアチア人たちは、かなり辛抱強い。
100メートルほど歩くと、暗闇の中にぼんやりと事故現場が見えた。
道路の真ん中にガラスの破片が散らばっていた。
どこにでもある交通事故現場の風景だ。

道の両脇につぶれた車が置いてあった。どうやら正面衝突らしい。
祭りのテントで飲みすぎたドライバーが
無理な追い越しをしたのが原因だろう。
照明らしき照明がまったくないので、事故の程度はよくわからない。
パトカーも2台到着していた。
道路上に番号札を並べて
これから現場検証を始めようというところだった。
“これは時間がかかるな…”

現場から自分のクルマに戻る途中に、1軒のバーがあった。
外の照明は消しているが、中では数人の客が飲んでいる。
“中に入ってコーヒーでも飲んでりゃ
そのうち事故現場も片付くだろう…”
ボクは、飲んでる間に車上狙いに遭わないように
クルマのシートの上にあったカメラをぶら下げてバーに入った。

5段ほどの石の階段を上がって中に入ると
L字形のカウンターがあった。
カウンターの中には、けっこうカワいい女の子がいた。(^_^)
20人も入れば満員になりそうな小さなバーだ。
店にいた何人かの客は、じろじろと
好意とも敵意ともつかない視線でこっちを見ている。

かまわずカウンターの椅子に座ると、女の子が何か言った。
注文を聞いたのだろう。もちろん、言葉はわからない。
言い終わってからほんの一瞬の間をおいて
ボクが困った顔になるより早く
その子は、と〜〜〜っても優しい目でボクの顔を覗き込んだ。
“あっ、だめだめ、オレ、その目に弱いんだぁ…”
しばらく見つめ合っていると、となりの男が何か言った。
その子は「うるさいわねぇ」って感じで
男にビールを注ぎ、またこっちにやってきた。

ボクは、壁にかかったメニューの下に行き
Kava(コーヒー)を指差した。
「オゥケィ」と、その子は言った。何だ、英語がわかるんだ。
「Speak English?」と聞くと
「Just a little」と返事が返ってきた。
返事をしながら、目で笑っていた。
ボクはもう、ほとんどその子に恋していた。

出てきたのは濃厚なエスプレッソだった。
これを飲んで酔いがさめれば
今日中にハンガリーまで行けるだろう。
珍しく砂糖を入れ
イタリア人のように何度も何度もかき混ぜていると
表の道が騒がしくなった。
どうやら車が動きはじめたようである。

甘くなったエスプレッソを一気に飲み干したボクは、お金を払い
「I'll be here to see you again.」
と言って、店を出た。
ネイティブが相手だったら、恥ずかしくて言えないが
わかるかわからないか、わからない状態と
酔った勢いのなせるわざだ。(^_^;

現場を見ると、まだ事故車は片付けられておらず
現場検証を終えた警察官が誘導しながらの片側通行になっていた。
クルマに乗ったボクは、エンジンをかけ
前の車に続いて動きだした。
20メートルほど走るとさっきのバーの前を通過する。

しかし、どういうわけか、ボクは右にハンドルを切り
フォード・モンデオを、バーの前の狭い空き地に寄せていた。